進行する原爆投下作戦
昭和19年（1944）アメリカの原子力政策を決定するための
暫定委員会の議長であるスティムソン陸軍長官は
「日本に対して原子爆弾を使用すべきだ」
ときっぱりと主張した
そしてこう言った
「住民に最大の心理効果を与えなくてはならない」
アメリカ側の日本に原子爆弾を投下しようという
計画は着々と進んでいた
その計画の実行部隊となる第509混成航空群が
昭和19年12月に設立され、その指揮官は若干2
9歳のポール・ティベッツ大佐であった
群とは軍隊の編成の一種で特定の任務を命じられ、
複数の航空機などをもって構成される組織である
では混成とは何か？
第509混成航空群はティベッツ大佐指揮の下に
航空工兵中隊・輸送部隊・資材中隊・特殊兵器中隊・
兵士輸送中隊・憲兵隊などから成る部隊で、
原爆投下の任務を独立して遂行できるように
陸・海・空軍から選抜された兵士で編成されて
いたために混成などと言われる
1700人ほどの兵力があった
輸送機や例の武装していない特別製のB29など
多くの飛行機はユタ州のウェンドーバー基地に集められた
訓練を開始した原爆投下部隊
第509混成航空群はそこで猛訓練を開始した
ニューメキシコ州アラモゴードやカリフォルニア州
ソルトン湖へ飛んで、1万ｍ近い上空から練習用
爆弾を投下していた
1944年（昭和19年）当時に高高度からの爆弾投下は
まさに妖術だったと言われ、荒野に描いた円の中に
投下できた者はいなかった
ティベッツは標的との誤差が60ｍ以内にまで精度を
高めたいと考え、激しい訓練の末に7,80ｍ以内に
投下できるようになってきた
その中でも最高の爆撃手はトム・ファービーであった
ファービーは実際に広島市に原爆を投下した
エノラ・ゲイ号の爆撃手である
また第509混成航空群は急角度で方向転換する訓練もした
きっかり28秒間、機体を60度傾けて降下しながら方向転換し、
時速560㎞を超える速度を獲得しようとした
B29のような大型機はこのような急角度で旋回するようには
設計されていない
機体は震え、リベット（接合させる部分）は弾け飛ぶ
ようだった
操縦桿を少しでも強く引きすぎると（機首を持ち上げる）と
翼がもぎ取られる
ティベッツはこれを完璧にこなした
戦後にティベッツが発表した『原子爆弾の落とし方』の
中には、
「原爆は投下して43秒後に爆発する。衝撃波に直撃する
前に危険区域を脱するには、できる限り急角度で方向を
変える必要がある」
と述べている
広島市を駆け巡った噂
広島市にも警報は鳴り響いていた
「敵大型百機、土佐湾上空を西進しつつあり」
「紀伊水道より進入しつつあり」
などと切迫を告げていたが、広島の人々は空襲被害を
免れていることを不思議に思うようになった
7月には広島市長が乳児である孫娘を広島市に
呼び寄せる程であった
B29が素通りすることは人々の様々な憶測を呼んだ
「トルーマン大統領の母親が広島に幽閉されて
いるから空襲がない」
「広島は移民県で、多数の県民がアメリカに渡っているから
空襲されないのだ。それが証拠に、他の都市が盛んに
攻撃されているのに広島のような主要な軍事基地が
一回も空襲を受けぬはずがない」
「敵は広島市上流のダム水門を破壊すれば、
濁流は一挙に広島市全市を呑み込むので、それを狙っている」
また同時に敵にはとっておきの手があるらしいという噂が
広島市民をびくびくさせていた
確かにアメリカにはとっておきの秘策があった
しかしそれは、
ダム水門の破壊などという生易しいものではなかった
原爆投下目標地リスト
アメリカでは原爆投下の目標地選定が簡単ではなかった
爆撃するべき都市がほとんどなかったからである
昭和20年（1945）3月9日の東京大空襲以後6週間の
4月27日に「原子爆弾投下目標選定委員会」の
第1回会合があった
この時点で日本の都市は約410万平方㎞が破壊されていた
報告書第14（c）節 第（i）項の下にはこうあった
「第二十一爆撃兵団爆撃目標リストから外れている
広島は、無傷な標的としては最大の都市である」
5月10日原子爆弾投下目標選定委員会で5つの
都市が候補地として挙げられた
京都・広島・横浜・小倉・新潟でリストのトップは
京都市だった
原爆計画を進めてきたレスリー・リチャード・グローブス
陸軍少将が京都市を推したが、スティムソン陸軍長官は
京都市を除外させた
その中で広島市はあらゆる条件を満たしていた
広島市は30万人の人口と軍需工場や港を備えた軍都であり、
町が広範囲の被害を与えることのできる大きさである
ということ、周辺の山々は爆風の被害をかなりの規模で
増大させる反射集中効果を生み出すこと
原爆投下作戦の最高指揮官であるグローブス陸軍少将は
こう語った
「広島は極めて重要な軍事目標であった。
陸軍司令部は城跡に設置され、約二五、〇〇〇人の
兵力が各地に駐屯していた。それは九州と本州を結ぶ補給と
運輸交通の中心地宇品をひかえていた。
広島は京都を除いて、空襲によってまだ被害を受けていない
最大の都市であった。
人口は三〇万を越すものと信じられており」
委員会報告書第7節にこうある
「要点は以下の二点だ。
その一、日本に対して最大の心理的影響を与えること。
その二、原子爆弾の使用が発表されたときに、
この兵器の重要性が国際的に充分認められるよう、
最初の使用は際立ったものでなければならないこと」
広島市が無傷だったのは、原爆使用が際立った
ものに見せるためであった
京都市を除けば、他の都市は広島市ほどに
無傷ではなかった
その命令は下った
昭和20年8月4日午後4時、テニアン島第509混成航空群
作戦司令室
ポール・ティベッツ大佐は演壇に上がり、80人の男たちと
相対した
大佐は言う
「いよいよその時がやってきた。我々が日々訓練を重ねてきた
のは、この任務を遂行するためだ。
目標に投下することになった兵器は、最近、本国での実験に
成功した。
命令が下り、我々はそれを敵国に投下することになった」
作戦司令室に3都市の地図が掲げられた。広島・小倉・長崎市
ティベッツは言う「主要目標は広島市、予備目標はまず小倉、
次に長崎だ」
その地点に投下せよ
8月2日、ティベッツ大佐と爆撃手のトム・フィアビーは
カーチス・ルメイ将軍の本部を訪れるためグアム島へと
飛んでいた
ルメイ将軍は偵察機で撮影された広島の街の写真を並べ、
フィアビーに爆撃照準点（原爆投下地点）を選ばせた
フィアビーは町の中心にあり、絶対に見誤ることのない
建造物を指さした
その地点は「063096地点、広島地区第90・30番」と
公式には言われる場所であった
広島市においてその場所は相生橋と呼ばれていた
天候は急速に回復・・・
同日テニアン島からワシントンへある打電が飛んでいた
「リトルボーイ作戦を遅延させるもの、なにもなし。
天気の回復を待つのみ」
リトルボーイとは広島市に投下した原爆のコードネームである
アメリカの航空隊気象観測班によれば日本南部は
この3日間台風の影響下にある
最新情報では明日の夜遅くに天気は急速に
回復するとのことであった
原爆投下は天候が何にも増して重要だった
確実に投下するために爆撃手は目標を目で確認し、
目視の上で投下する必要があった
そのため気象観測は重要だったのである
攻撃開始時間は8月6日午前と決定した
この時すでに40時間を切っていた
8月5日台風は日本列島を西へ進み朝鮮半島に上陸していた
5日の朝、ティベッツ大佐は作戦を開始する時だと感じた
原爆投下目標選定委員会は日本の8月の天気を
11年前までさかのぼって調べていた
原爆の威力を最大限に引き出すには、
きれいに晴れて標的が目視できる程晴れ渡っている
必要があった
原爆投下作戦の最高指揮官であるグローブス陸軍少将は
自著である『私が原爆計画を指揮した＝マンハッタン計画の
内幕』にこう記している
「原爆は目標都市が目視爆撃ができる好天候の時期として
8月1日以後上旬までに実施する」
それはあとわずか5日間しかなかった
ティベッツの母
ビクターナンバー（識別番号）82と名づけられた爆撃機の
機長であるロバート・ルイスは激怒していた
ティベッツが機に乗り込んできて、ルイスを副機長に
降格させ、加えてペンキ工に命じて8つの文字を
機体に書かせてしまったのである
ティベッツはパイロットになりたかったが父は猛反対した
だが母はティベッツの味方をしてくれて父を押し切った
ティベッツは感謝する母と戦場へ行くと決めた
彼の母の名はエノラ・ゲイ（Enola Gay Tibbets）
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