動き出した作戦
昭和20年8月5日、アメリカは野戦命令第14号と
いわれる5つの大きな作戦を開始した
その作戦の一つである作戦任務№315を行う108機の
爆撃機は21時06分に日本本土に入り山口県宇部市に向かった
22時24分～24時31分まで宇部市は938トンの
爆弾攻撃を受けた
23時40分、作戦任務№316の64機が四国に到達した
その64機は愛媛県今治市に対し0時05分～0時47分まで
爆弾・焼夷弾など合計510トンを投下した
さらに作戦任務№312の63機は佐賀市に向かった
午後11時台から翌6日の午前1時頃にかけて459トン余りの
爆弾を投下した
作戦任務№313の92機は群馬県前橋市を目指した
22時30分～23時45分まで攻撃は続いた
そして作戦任務№314の大編隊は兵庫県西宮市に航路をとった
6日0時25分に125機が御影・芦屋市街を襲い、続いて130機が
御影・西宮市街地を襲うという波状攻撃を行った
片道切符を詰め込んだ爆撃機の離陸
この5つの作戦が進行し、宇部や今治が襲われているその時、
まさに夜陰に紛れて悪魔の計画は実行に移された
野戦命令13号である。これこそが原爆第1号投下作戦であった
0時45分（0時37分とも言われる）にテニアン島北飛行場
（ノース・フィールド）から3機が離陸した
この3機は目標地点の気象偵察機で、
ストレート・フラッシュ号は広島市、ジャビット3世号は
小倉市（現在の北九州市小倉北・南区）、フルハウス号は
長崎市へと向かった
野戦命令13号の命令書には第1目標が広島市、第2目標が
小倉市、第3目標が長崎市とある
0時51分、原爆搭載機の故障など不測の事態に備えて
硫黄島に待機するトップ・シークレット号が飛び立つ
1時45分、原爆を搭載して、その投下の任務を帯びた
エノラ・ゲイ号がテニアン島を飛び立った
いよいよ本格的に原爆投下作戦が開始されたのである
1時47分、爆発の計測機器を搭載して原爆の威力を
測るための科学観測機であるグレート・アーティスト号が離陸
1時49分、写真撮影機であるネセサリー・エビル号が飛び立つ
（『幻の声』では4機は1時45分に飛び立ったことになって
いる）
機上での作業
1時52分（2時とも言われる）エノラ・ゲイ号機内では
原爆担当のパーソンズ大佐と副官のジェプソン中尉が
爆弾倉に降りて、原爆を爆発できる状態にする作業を開始した
原爆は離陸の失敗でテニアン島を吹き飛ばす可能性がある
ので、最後は機上で組み立てることになっていた
彼らは11項目から成るマニュアルを持っていて作業を点検
しながら爆弾の尾栓を開け、火薬と点火装置の装填を進めた
25分ほど（15分程であったとも言われる）で作業は終了
したという
これで後に行う最後の作業を残して原爆は仕上がったのである
テニアン島から硫黄島までは高度1500ｍで飛行し、
その後に爆弾投下高度の9450ｍまで徐々に上昇する
予定であった
速度は時速420㎞
最後の作業に入る爆撃高度まで上昇する時間は
4時間後であった
6時30分、エノラ・ゲイ号の爆弾倉ではパーソンズ大佐・
ジェプソン中尉・爆撃手のフィアビー少佐が原爆の
起爆装置の誤爆を防ぐために遮断していた安全プラグを抜き、
赤色の点火プラグを装填した
このプラグが解除されると起爆回路が作動して
爆発するのである
ジェプソン中尉は長さ8㎝の赤いプラグを3個手にしていた
爆弾上面には緑色をした3個の安全プラグが差し込まれていた
ヒューズ線を通り炸薬へ送られる電気をこれで遮断している
のである
ジェプソン中尉はそれを赤色プラグと交換した
ジェプソン中尉は「運命は決した」と思ったという
6時41分、エノラ・ゲイ号は9500ｍの爆撃高度
（ほぼ成層圏との境）まで上昇を開始した
午前7時過ぎに広島市の気象偵察を行うための
ストレート・フラッシュ号が広島市上空に現れた
この時、広島の司令部には「敵大型三機、豊後水道を
北上中」という情報がもたらされていた
敵大型三機とは広島・小倉・長崎市に向けられた気象偵察機
である
7時09分に警戒警報発令
広島市上空に侵入するストレート・フラッシュ号を向宇品の
独立高射砲第22大隊の監視兵が確認したが、
高度が高すぎて高射砲で射撃ができる状態ではなかった
次々と入る天候情報
ストレート・フラッシュ号は広島まであと30分、
四国上空に差しかかった時に天候が変わり始めたのを確認した
雲は飛行機の下で厚く層を成していたのである
ジャビット3世号は小倉の天候はかんばしくないと連絡、
フルハウス号は長崎の晴天を伝えていた
しかしストレート・フラッシュ号が目標の東25㎞に設定した
攻撃始点上空に来ると雲が切れ、広島市を隅々まで
見晴らすことができた
7時15分、エノラ・ゲイ号が高度8800ｍを過ぎたあたりに
ストレート・フラッシュ号から「広島上空晴れ」の報告が
もたらされた
観測結果は「第一目標爆撃可」というものだった
広島市上空は雲が30％と報告され、それはほぼ快晴であった
『米軍が記録した日本空襲』にはエノラ・ゲイ号の機長で
操縦士であったティベッツ大佐が「広島だ」と機内に
告げたとある
この時広島市はエノラ・ゲイ号の魔手に掴まれてしまった
のである
すでにトルーマン大統領は原爆投下後に世界へ発表する
大統領声明の原稿をほぼ完成させていた
しかしそれには、ただ一カ所空欄があった
それは破壊される都市名である
その空欄はこの時埋まったものであろうか？
キャッチされていた暗号
堀栄三氏の『大本営参謀の情報戦記』によると
「午前七時二十分頃、豊後水道水の子燈台上空から
広島上空に達したB29一機が、播磨灘の方へ東進中、
簡単な電報を発したのを海軍通信諜報も陸軍特情部も
キャッチしたが、奇妙なことにこのB29には後続の
編隊がなかった。
このB29の電報発信は、後続編隊があればそれに対する
気象の連絡であることが統計から判明していたが、
このとき豊後水道方面には全然後続編隊が見つからなかった」
『原爆投下』にはこの時の通信がアメリカ側の資料から
「Y3Q3B2C1」という暗号であったことが書かれている
これは広島市の低空、中空の雲量10分の2、
高度4500ｍにおける雲量10分の2であると広島市上空の
雲量が少ないことを伝えており、「第一目標を爆撃せよ」
という内容のものであった
エノラ・ゲイ号が広島市に侵入
7時31分に警戒警報解除
解除はストレート・フラッシュ号がそのまま
広島市を通過していったためだと考えられる
8時9分にエノラ・ゲイ号は目標である広島市が
視界に入ったという
エノラ・ゲイ号は予定通りに香川県三崎半島を経て、
8時12分に攻撃始点である広島市から25㎞東の
三原市に到達した
ここから目標確認から爆弾投下までの爆撃航程が始まる
ティベッツ、パーソンズ、ヴァン・カークは一人ずつ
広島市を確認していた
ジェイク・ビーザーは無線電波の傍受を開始した
原爆のレーダー波に干渉し兼ねない周波数を日本が
使っていないかを探るのである
レーダー波に同調されると爆発の恐れがあったからである
ヴァン・カークは風速計算を行った、南の風8ノットであった
ティベッツは機首を緩やかに傾け、ほぼ真西に向けた
高度は9400ｍの最終爆撃高度に達した
爆撃手のフィアビーは機の先端に降りて左目を
照準器に押し付けた
原爆投下
8時12分、エノラ・ゲイ号は爆撃航程に入った
原爆投下50秒前、ティベッツは保護メガネをかけろと命じた
投下30秒前、ドゥゼンベリーはエンジン不調の兆候がないか、
各種計器類に目を走らせている
ビーザーは妨害電波なしと繰り返していた
相生橋。目立つT字型の橋のために投下目標とされてしまった
フィアビーの目にT字型の橋がみるみるうちに近づいてきた
エノラ・ゲイ号は一直線に照準点（投下地点）に迫り、
照準器とフィアビーの目はＴ字型の橋をその中心に
捉えてしまった
その橋は太田川が二手に分岐する場所に架けられた相生橋で、
Ｔ字型の相生橋は上空からその特徴がつかみやすいために
投下目標となった
この時、爆撃手は広島の街に向けて無情にも
原爆投下のスイッチを押したのである
その時間は8時15分17秒
そのずれはわずかに17秒であった
原爆の爆発
原爆が宙に放たれた瞬間、エノラ・ゲイ号は
数十ｍ上昇したという
ティベッツは右旋回させ、機体は60度傾いた
爆発まであと43秒
爆発まであと38秒、8個のタイマー時計が
点火システム終了に向けて時を刻んでいる
あと29秒、信号は送られ、気圧で作動する
スイッチは高度2100ｍで電気回路を繋いだ
あと9秒、高度2100ｍを切り、
レーダー装置アーチーズへ点火信号が送られた
レーダーアンテナが地表に向かってマイクロ波を放射し、
跳ね返った信号をキャッチし始めた
あと6秒、原爆は時速1200㎞で加速して
甲高い音を立てて落下していた
あと3秒、点火システムの最後の回路が繋がった
電気信号が赤色プラグを流れて点火信管へと伝わり、
コルダイト爆薬が詰まった火薬袋を燃焼させる
そして砲身内（180㎝）ではウラン235の砲弾が発射された
二つのウランは数十億もの分裂した中性子が核分裂を
引き起こし、連鎖反応（臨界超過）が始まり、
驚異のエネルギーを放出し始めた
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